「いいよ、ついでに送ってやる。お前、相当酔っ払ってるな。」

運転する懐かしい遊び仲間の横顔を助手席からおぼろげに見ながら、
俺は早く酔いが覚めないかと苦悶していた。

どうやら、どこかで泥酔した俺を見つけた懐かしい遊び仲間が、
自分のクルマに乗せて運んでくれているらしい。

「お前、あの川べりで何してたんだ、びしょ濡れだぜ?川に落ちたのか?」

気づけば全身びしょ濡れだ。いつもの土手に出ている屋台で飲んで、
それから・・・川にでも落ちたのか、どうも思い出せない。

懐かしい顔は、やつ特有の甲高い声で笑った。
久しぶりに聞くその笑い声は、相変わらず不愉快だ。

「そういうおまえこそ、どこに行こうとしてたんだよ、こんな夜中に」

こいつの乗るクルマはいつも足回りが硬く乗り心地が悪い。
余計に酔いが回る。

運転がヘタクソなくせに車高調だ、ブレーキだと金をかけて、
そのたびに借金を雪ダルマ式に膨れ上がらせていた。
今度はタイプRかよ。懲りないね。

「いや、仕事でな。届け物があってさ。このクルマも仕事用に使ってんだ。
お前もついでに運んでやるから気にスンナ。」

タイプRで仕事ってなんだよ。漫画の見すぎだ。
そういえば前に乗っていたエボIVは全損させたって別の仲間に聞いたな。

まあ、この時間だと電車も走っていないし、ありがたい。

南北を走るバイパスを北方向に向かっている。
確かに走っている方向は俺の家の方向である。

川を渡る橋からしばらく直線が続き、
やがて東の空港へ向かう道とT字路の交差点に出る。

T字路、確か・・・

あるはずのない、右折レーン・・・

「知ってるか?空港T字路のこわーい話?」

タイミングよく、面白がるような声で懐かしい声は笑った。

聞いたことがある。トラックの運ちゃんの話。

ある晩、このバイパスを北に向かい、
例のT字路を赤信号で停車したときのこと。
続いて、空港に続く東通りが青信号になり、空港バスが数台、バイパスの南北へと走り去る。

東通り側が黄信号に変わる頃、運ちゃんはふと不思議なことに気がついた。

南行きの対向車線には、同じく信号待ちをするバスが一台。
右折のウインカーが点滅させている。

あるはずのない、T字路の西側に向かって。
Uターンでもするのか?こんなところで。

バスは「右折車線」にいた。
あるはずのない、西通りに向かう右折車線は、
いったい、いつできたのだろうか。

運ちゃんは考えないことにした。

やがて、南北のバイパスは青信号になり、運ちゃんもトラックを走らせる。
北にゆっくりと進む。

交差点半ばで、
右ウインカーを出すバスとすれ違いざまに見た。
バスの車内は業火に見舞われていた。
運転手は焼け爛れた顔をこちらに向け、トラックが走り去るのじっと見守る。

バスの運転席のすぐ後ろに陣取った幼い子供が、
炎に揺らめく小さな手を振っていた。
バイバーイ・・・笑顔も焼け爛れている。

その後ろには、老夫婦、カップル、一人旅の学生風、さまざまな人影が見える。
皆、右側を見ている。
虚ろにただれた顔で、黒くくぼんだ目で。

トラックが前進を続けると、バスの後部が見え始めた。
大きく形が歪み、塗装も無残にはがれている。
へこんだ場所の席に座っている客の頭は半分を失い、中身を露出していた。

すれ違う。
T字路を後にしながら、運ちゃんはサイドミラーを見た。
バスはゆっくりと右折、あるはずのない西通りを目指す。
他にクルマらしきものは走っていない。

何も見なかった。そう自分に言い聞かせた。
そう、俺は長距離トラックの運転手、疲れているんだ。

加速してすべてを忘れよう、そう思ってシフトレバーに手をかけたとき、
運ちゃんの手を炎に包まれた小さな手がギュッとつかむ。
トラックの助手席には、赤く燃え続ける幼い子供が座っていた。

『おじちゃんもいっしょにいこうよ! 』

「って言ったんだってさっ!!!」

懐かしい遊び仲間は、こう叫ぶと、たちまち甲高い笑い声を上げた。
まったく・・・

「・・・ってもさぁ、
翌朝にそのトラックが乗り捨てられてのが見つかったって話しだけど、
肝心の運ちゃんがいないのに、誰がどうやってその話を聞いたんだよ。」

だからこそ、俺は作り話説に確信を持っていた。

そういえば、
こいつが前に乗っていたエボIVは事故って真っ二つになったんだってなぁ。

「直接聞いたんだよ、多分。誰かが、どこかで。」

甲高い笑い声は止んでいた。

俺は助手席からこいつの左側しか見えていない。
頼むからこっちを向かないでくれ。
右側がどうなっているのか見せないでくれ。

懐かしい遊び仲間とバイパスを北へ向かうドライブは、
やがてあのT字路へと近づいた。

「なぁ、お前。何で左折するんだ?
俺の家はこのままバイパスを北へ直進だぜ。」

俺たちの乗るクルマは左ウインカーが点滅していた。

東へ向かう空港方面ではなく、
道のあるはずがない西に向かって。

T字路が近づき、バイパスを結構な速度で飛ばしていたタイプRは、
ヘタクソなヒール&トゥーで減速する。

さっきから風が巻き込むなぁ、思ったら屋根がなかった。
オープンボディのタイプRなんてあったっけ?
ちぎれた部分が風に金属片をなびかせている。

「なぁ、お前、『仕事』って、いったい何を届けるんだ?」

この懐かしい遊び仲間の葬式に出たのは確か去年の夏だ。
だからこそ、さっきから俺は早く酔いが覚めないかと苦悶している。

最後の質問をぶつけようとした時、先にやつが口を開いた。

「お前、カナヅチのくせに、川べりの屋台なんかで飲みすぎんなよ。」

俺は全身びしょ濡れなのを思い出した。
その瞬間、思わずゲホッと咳き込み、口から大量の水を吐き出した。

「いったい、どこに行くんだ?お前は何を運ぶ仕事をしているんだ?」

俺の酔いは覚めてきた様だ。
リアシートに、俺とこいつ以外の乗員がいることに気がついたからだ。

屋根のちぎれたタイプRはあるはずのない道を左折する。

「彼らを届けるのさ。」

懐かしい遊び仲間はリアシートへちょいと目をやる。
誰が座っているかなんて興味ない。

「ついでに、お前も、な。溺れたようだし。」

やつはゆっくりと、助手席に座る俺の方へと振り向く。

ああ、頼むからこちらを見ないでくれ。
お前の右半身がちぎれた跡なんか見たくねえ。

( ※この物語はフィクションです。 ※この文章の無断転用を禁じます。 )

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