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一枚の名車絵 第13回 シトロエンDS (Citroen DS)


20世紀のクルマから26台が選抜された「カー・オブ・ザ・センチュリー」の中に残り、しかも得票数で3位を獲得したシトロエンDSは、1955年に登場したシトロエンの上級車種です。大きな特徴は自動車デザインの常識から大きく外れた大胆で斬新なデザインと、空飛ぶ絨毯とも云われたオイルと窒素ガスによる極上の乗り心地にあります。


◆見た目だけではないその個性


DSは、コンサバティブなクルマ作りからは大きくその発想が跳躍していました。エンジンこそ前身のトラクシオン・アヴァンから引き継がれた古いOHVでしたが、DSで古いのはここだけ。一度見たら忘れられないスタイリングは、フロントトレッドとリアのそれは幅が200mmも異なっているので極端に前側の車幅が広く、当時の空力設計を反映して後部に向かって絞られていることによるものでした。リアのウインカーは、リアウインドウサイドに設けられたラッパ状の飾りの中にあったりして、初めて見る人はいまなお面食らいます。

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シトロエンお得意のFF(1955年の段階での採用はかなり早い)によりセンタートンネルがまったく無いこと、全長4.8m、ホイールベース3m超というディメンションがもたらす後席の広さも特筆に値します。足を投げ出して組めるほどに広いのです。

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エンジンで駆動されるオイルポンプからは、極めて高い技術精度で組み上げられたオイルパイプを通して各車輪のサスペンションにオイルが供給され(戻るラインまである。まるで血管、心臓、動脈、静脈)、しかもそのオイルでサスペンションだけでなくパワーステアリング、ブレーキ、セミオートマのギアシフトにまで使用されたのですから驚きです。


◆合理的な実用車としてアタリマエの存在


copyright_izuru_endo_2016_09_citroen_ds_1280_883(クリックで拡大)こんな風に日本人(いや世界)の常識からは大きく外れた変わったDSですが、実はフランスでは「ごくあたりまえ」のクルマでした。その証拠に1955年から1975年までの生産台数は実に145万台にのぼります。平均したら年間7万台、月間では6000台も売れていたことになります(実際にはバラツキあり。なお、もっとも売れた年はなんと1970年代。DSがいかに進んでいたかを思わせます)。

日本でいえばクラウンやセドリックに相当するクルマだったので、売れて当然といえば当然ですが、こんなに奇妙なクルマがふつうに認識され、購入されていたということがフランスらしいところ。

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DSの設計は独特ですが、例えば前のトレッドが広いのは直進安定性を増すためだし、凝った設計のサスペンションは乗り心地を良くするためのものでした。つまり、すべてにおいて機能がスタイルや設計を決定していたのです。フランス人の多くがその奇妙さを気にするよりも、DSが冷徹までに合目的的に設計されていること、大きな実用車としてきわめて合理的に開発されていたことを見抜いていました。


◆その揺るぎなき設計思想


さらに面白い話を。一時期ですが、シトロエンはこの奇抜なDSと、簡素の極みだった2CVしか車種がないときがありました。2車は車格もサイズも大きく異なりますが、根底に流れる設計思想が一貫しているのも興味深いですね。その設計思想については、また後日お話したいと思います。


【イラスト/文 遠藤イヅル】
フリーのカーイラストレーター/ライター。東京都出身。自動車雑誌、WEBサイトにクルマをテーマにしたイラストや記事を多数提供。世界各国の生活感があるクルマを好み、20年間で18台のクルマを乗り継ぐ。クレイジーなほど深くて混沌としたクルマ知識を持つ元自動車系デザイナー。自身のクルマ体験をもと、独創的な視点で切り込むイラストやインプレッション記事は、他にないユニークなテイストとして定評がある。2015年7月現在の愛車はプジョー309SI。最新の掲載誌は遠藤イヅルのfacebookで確認!

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