この記事の目次 CONTENTS
ABSとTRCの次にくるもの
横滑り防止装置とは?
トラクションコントロールの普及
ESCの機能
日本での普及が遅れているESC
各社で様々な名称
ヨーロッパでも名称の統一は簡単ではない
名前の不統一が普及の遅れにつながっている

ライター紹介

221616 編集部

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ABSとTRCの次にくるもの

ここ数年、日本の交通事故死者数が大幅な減少を示している。これはクルマそのものが安全になったのを始め、道路交通環境整備、酒酔い運転に対する取り締まりの強化など、さまざまな要因によるものだ。この死者数をさらに減らそうとするなら、一段の努力が求められるが、クルマの側でできることとして注目されているのがESC(横滑り防止装置)の普及だ。

横滑り防止装置とは?

まず横滑り防止装置とは何かということから始めよう。クルマの安全技術としては、電子制御のブレーキであるABSの普及が20年以上前から始まった。今では一部の軽自動車が例外的に標準装備していないだけで、クルマにはABSが装備されるのが当たり前になっている。

タイヤのロックを防ぎ、滑りやすい路面でのブレーキの効きを確保

ABSの効果は人間にはできないブレーキの制御を電子制御でやることにある。ブレーキをかけたときにタイヤがロックすると、タイヤの方向性が失われてスピンしたり滑ったりしてしまうが、ABSは電子制御によってコンマ何秒という単位でブレーキの油圧を効かせたり緩めたりする。これによってタイヤのロックを防ぎ、滑りやすい路面でのブレーキの効きを確保するのだ。

トラクションコントロールの普及

ABSに次いで普及したのがトラクションコントロール(TRCとかTCSなど、呼び方はメーカーによってさまざま)で、20年くらい前から採用が始まった。これは滑りやすい路面での発進時を手助けするシステムだ。発進時にアクセルを踏みすぎるとタイヤがスリップして空転してしまうが、空転を感知するとエンジンの回転を抑えてトルクを制限し、タイヤの空転を抑える仕組みだ。

ESCの機能

ABSとトラクションコントロールによって制動時と発進時にクルマの姿勢が乱れるのを防げるようになったが、さらに走行中に姿勢が乱れるのを防ぐのがESCだ。

ESCには横滑り防止装置という訳が付けられているが、単純に横滑りを防止するだけでなく、もう少し複雑な制御も行っている。ただ、いずれにしても走行中にアンダーステア傾向が出て、クルマが外側に膨らみそうになったり、あるいは逆に内側に切れすぎてスピンしそうになったときに、それを抑えるシステムだ。

単純化して言うと、ブレーキの片利きを利用してクルマの姿勢を制御するのがESCだ。たとえば、左カーブでアンダーステアが出てで、クルマが右側に膨らみそうになったとしよう。このときに左側の前輪だけにブレーキをかけると、右側のタイヤだけで前進しようとするから、クルマの向きが内側に変わる。

逆に左カーブで内側に巻き込むような動きが出そうになったとき、右の前輪にだけブレーキをかければ、巻き込みを抑えることができる。こうした機能を持つのがESCだ。

ダブルレーンチェンジの手助け

ESCを装備したクルマは、突然の障害物に対して緊急回避をするときなど、特に安全性が保たれる。障害物を避けて隣の車線に移動し、すぐに元に戻るというダブルレーンチェンジをするときに、その手助けをしてくれるのがESCだ。

日本ではトヨタが最初にESCを採用

ESCはクルマの操縦安定性の向上に高い効果を持つので、ESCが装備されたクルマは非常に事故率が低くなる。日本ではトヨタがVSCの名前で最初に採用したが、クラウンマジェスタのマイナーチェンジのときに採用したところ、その前後で事故率に大きな違いが出た。VSCが高い効果を持つ装備であることがはっきりと証明されたのだ。

日本での普及が遅れているESC

事故防止に効果のあるESCは早く全車標準になるべき装備だが、残念なことに日本では普及が遅れている。2007年のデータを見ると、アメリカでは販売されるクルマの44%、ヨーロッパでは同じく50%のクルマにESCが装備されているというのに、日本ではこれがわずか14%にとどまっている。19%に達した韓国よりも遅れている数字であり、世界に冠たる自動車生産国としては非常に恥ずかしい数字である。

アメリカではESCの装着の義務づけ

アメリカではESCの装着の義務づけが近くスタートし、ヨーロッパでも同じ方向にあるから、日本でもいずれはそうなるのだろうが、現状では日本の自動車メーカーはESCの装着にあまり熱心ではない。現在はESCを標準装備するクルマはまだ少なく、オプション設定しているクルマも5万〜8万円の価格が設定されているため、なかなか普及しないのだ。

標準装備化すれば、生産量も増えてコストダウンが進み、さらに普及が進むという良い循環になるところだが、それが普及しないのはメーカーの姿勢があまりに不熱心であることにつきるといっていい。

メーカーの関係者と話をすると、標準装備にして価格が高くなったら、クルマそのものが売れなくなるという言い訳をするが、それは間違っている。ESCの効果をきちんと説明すれば、むしろ販売促進に役立つはずだ。ユーザーは単に安いクルマを求めているのではなく、安全性が高くて良いクルマを安く買いたいと考えているだけだ。

日本での普及率が低いのは軽自動車の比率が高いことも理由とされているが、小さなクルマだからこそ、より高い安全性が確保されるべきで、軽自動車が多いことがESC普及の言い訳にはならない。安全に対するメーカーの考え方が遅れているのだ。

メルセデス・ベンツ Sクラスに採用

ヨーロッパではメルセデス・ベンツが最初にESPの名前でSクラスに採用したが、メルセデス・ベンツはその後、Aクラスに至るまで全車に標準装備化を進めて安全性の向上を図っている。メルセデス・ベンツが尊敬されるのは、安全性に対する姿勢がしっかりしていることもひとつの理由で、日本のメーカーが尊敬を集めることにならないのは、安く作ることだけが得意で安くするためには安全に関しても手抜きをするような姿勢を見せるためだ。

各社で様々な名称

これまでの文章の中でも書いたように、横滑り防止装置のESCにはいろいろな名前がある。メルセデス・ベンツが最初に採用したときにはESP(エレクトロニック・スタビリティ・プログラム)の名前だったが、日本ではトヨタがVSC(ビークル・スタビリティ・コントロール)の名前で採用を始めた。

それぞれに特許の問題などもあるので独自の名前をつけるのは当然といえば当然だが、メーカーによって名前が異なることが、ユーザーの横滑り防止装置に対する認識が高まらないことにつながっている面がある。かつてABSもメルセデス・ベンツとボッシュが特許を公開しなかった時期があり、日本のメーカー各社はABSに違う名前を付けていた。
それがABSで統一することになった以降、日本でも急速に普及が進んだ経緯がある。だから横滑り防止装置も早く名称を統一して普及を促進させるべきだ。

日本メーカー各社の横滑り防止装置名称

現在でも日本では、以下のような名前が使われている。

・日産:VDC(ビークル・ダイナミクス・コントロール)
・ホンダ:VSA(ビークル・スタビリティ・アシスト)
・マツダ:DSC(ダイナミック・スタビリティ・コントロール)
・三菱:ASC(アクティブ・スタビリティ・コントロール)
・スバル: VDC(ビークル・ダイナミクス・コントロール)
・スズキ:ESP(エレクトロニック・スタビリティ・プログラム)
・ダイハツ:DVS(ダイハツ・ビークル・スタビリティ・コントロール)

といった具合で、それぞれに異なる名前を付けている。

ヨーロッパでも名称の統一は簡単ではない

ヨーロッパではメルセデス・ベンツの使っているESPが主流になっていて、ほぼこれで収束されそうな形である。アウディ、オペル、サーブ、フィアット、フォルクスワーゲン、フォード、プジョー、ルノーなどのメーカーがESPを使っている。

ただ、BMWがDSC(ダイナミック・スタビリティ・コントロール)と呼んだり、ポルシェがPSM(ポルシェ・スタビリティ・マネジメント)、ボルボがDSTC(ダイナミック・スタビリティ&トラクション・コントロール)と呼ぶなど、一部に違いがある。

それぞれ、設計思想や制御に違いがあることが違う名前を使っている理由だが、ヨーロッパでも名称の統一は簡単ではない。

名前の不統一が普及の遅れにつながっている

これを統一したほうが普及が進むだろうというのが、ESCを作っている主要サプライヤーの考えで、アドヴィックス、ボッシュ、コンチネンタルテーベスの3社が横滑り防止装置の名称をESCで統一しようという動きを始めている。

ESCはかつてABSの名前を使えなかった時代にトヨタがABSの代わりに使っていた名前である点がやや気になるが、私もESCの名前で統一したほうが良いと思う。なので、これからは基本的にESCを横滑り防止装置の名前として使っていきたい。

全メーカーがこれで統一できるのどうかは、やや疑問の余地もある。というのは、トヨタを例にすれば、ESPを進化させてステアリング制御も入れたものをS-VSCと呼ぶようになり、さらにそれを進化させた仕様をVDIM(ビークル・ダイナミクス・インテグレーテッド・マネジメント)と呼んでいる。VDIMになると中身が違うので、これも含めて名前を統一することにはならないだろうが、名前の不統一が普及の遅れにつながっている現状はなんとか解消したいものだ。