噂の美人「勝手に乗り込む女」

御手洗町のビル街を通り抜けて、信号待ちをしている俺のクルマに突然乗り込んできた。

趣味と「仕事」を兼ねたドライブを楽しみながらの帰宅途中。
非現実的な噂話の元となった本人に出会っても、俺はいたって冷静だった。

会社の経営は順調。
御手洗町の上場企業で働く彼女との挙式も控え、すべてがうまくいっている中での出会い。

「どこまで?」

俺は乗り込んできたことを問いたださずにクルマを発進させた。
いつのまにか信号は青になっていたようだ。

噂に違わぬ魅力を持つ「乗り込む女」は、
図々しくシート位置をレバーで修正している。

「沓掛交差てーん」

ぶっきらぼうな答えだが、とくに悪びれた様子もなく、
不快な印象もない。
まるでこちらがタクシーの運転手にでもなった気分だ。
とりあえず国道に出る。

「君、結構噂になっているね、乗り込む女。美人だって。」
「そうなの?まぁ頻繁にやらかしてるからね。」

「なんでまた?」
「いい男さがしてんの。」

キャッキャと笑いながら答える姿は、ベタな会話でも可愛らしく写る。
こりゃ確かに世間でも話題になるだろう。

「で会えたかい?御眼鏡にかなう男は?」
「なに、そのオヤジな会話、まだ若いんでしょ?お兄さん。」
キャッキャッキャッ

「まあな・・・」

「で、会 え た の か ?」

真剣だ。俺はマジに聞いているんだ。

空気は一変した。
「乗り込む女」から伝わってくる空気も冷たい。

「お兄さん、来月結婚するそうじゃないの。」

そう言われても俺はちっとも驚かない。
この女、俺が驚くとでも思っていやがったのか。

そうはいくか。

「あんたに会いた...『俺のほうこそな』

「乗り込む女」の話をさえぎり、俺はしゃべり続けた。

「今日、俺はろくに仕事もせずに一日中お前を探したぞ。」

女はじっと俺の顔を見ている。

「噂を聞きつけた後でも、会える日は『今日』に賭けていたさ。
なんせお前の命日だからな!」

口に泡を吹きながら喋り続ける。
先程までの冷静さは徐々に失われていく。
妙な高揚感が、自分でも不思議ではあった。

「この一年、噂で俺を脅したつもりか?ビビッて狂うとでも思ったのか?
 そうはいくか。恨めしく出てきやがって。」

去年の今日

8月も終わりを迎える暑い夏の夜、沓掛交差点を曲がろうとしたときだ。

ドン!
俺は人を轢いてしまった。
道に倒れている女は息をしていなかった。

会社も軌道に乗り、上昇寸前。
こんなことで俺の夢がつぶされてたまるものか。
幸い深夜で目撃者もいない。コンビニからも死角。

すぐに太井原峠のバイパス建設現場とセメントを連想した。
乗り切ってやる。

隠蔽はうまくいった。
「乗り込む女」の家族からの捜索願いが警察に届けられたようだが、
俺のところに捜査の手が及ぶことはなかった。

会社は大成功してるんだ。
事故なんかで成功を奪わせたりはしない。

「私まだ生きてた・・・」

「・・・喉にセメントが詰まって苦しかったんだよ。」
俺はステアリングを切って国道脇の荒れた空き地に入り、エンジンを止めた。
助手席の「乗り込む女」は俺をじっと見つめている。

「潰させたりはしない、亡霊なんかに脅されたりもしねぇ。」

俺はいつのまにか「乗り込む女」の首に手をかけていた。

幽霊って、掴めるのか?
そんなことはどうでもいい。俺の成功を奪うな。

「乗り込む女」は抵抗した。

それでも俺はギュッと力を込める。
ひたすら。
そのときの俺は狂っていたのかもしれない。

「うわっ」
突然まぶしい光に、視界が白く反転する。
国道を走るトラックのヘッドライトが直接目に入ったようだ。

暗い車内に目が慣れ、助手席へと視線を戻し、手の感触を確かめた。

女はぐったりとしていた。手から冷たい感触が伝わる。

その体には「乗り込む女」の顔ではなく、
来月挙式を上げる予定の相手の顔が備わっていた

「御手洗町....」

「乗り込む女」の声と結婚相手の声が記憶の中で交錯する。

コンコン・・・、
懐中電灯を持った警察官がウインドーを叩いた。
その後ろには赤い回転灯が瞬いている。

「・・・車内で男女が言い争ってると通報が・・・
 君たち、いったい何をしている?」

復讐は完了したらしい。

(完)


※この物語はフィクションです。
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